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Kバレエ・カンパニー「ベートーヴェン第九」

震災以後、もしベジャールがいたら、この国の苦難に際してどのような作品で応えてくれただろうと思うことはあった。

しかし、私たちには熊川哲也がいた。日本にはK-BALLET COMPANYがある。
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オーチャードホールでKバレエの「ベートーヴェン 第九」と新作2作を観た。
新作はブリテンの曲に熊川哲也が振りつけた「シンプル・シンフォニー」とドビュッシーにリアム・スカーレットの振り付けによる「プロムナード・センチメンタル」
どちらもそれぞれの音楽と融合した踊りの楽しさ、カンパニーの充実を伺わせる作品。

そして2008年初演の「ベートーヴェン 第九」を今年再演するのには彼なりのメッセージがあるはず。そう思って劇場に向かったが、期待を裏切られることはなかった。

第一楽章 大地の叫び
第二楽章 海からの創世
第三楽章 生命の誕生
第四楽章 母なる星

第一楽章はダンサーたちの頭上に赤い塊が燃え、舞台は炎のような赤で彩られている。
あの震災と事故を想起するのは決してこじつけではない。
傷ついていまだに立ち直れないでいる土地や人に対して、次の楽章では大らかに水を湛える海のイメージを贈る。生命は海からやってきて、永い永い悠久とも言える時を経て今の地球が存在している。
第三楽章では生命の不思議さを感じさせられる。人のいのち、生きもののいのち、星のいのちをもっと畏れるべきではないのかと。
そして第四楽章に至る。ここで合唱付きとなり、更に壮大さが増す。
苦難の中で未来に希望を持つこと、次の世代に確実につないでいくことを、圧倒的な熊川哲也のダンスと群舞が表現している。
ダンサーの塊が舞台中央に出来、やがてその下から小さな男の子が希望と再生の象徴として現れる。

第一次世界大戦後の新年にヨーロッパの平和を願って書かれたシラーの「歓喜に寄す」に感銘を受けて、ベートーヴェンは交響曲第9番を作曲した。
それ以降、第二次大戦後にウイーン国立歌劇場の復興に際して上演され、東京オリンピックでは分断されていた東西ドイツの選手団の国歌の代わりとして演奏された。
長野オリンピックの開会式においては5大陸で同時に演奏されたことは、日本人の記憶に残っているだろう。

その第九を熊川哲也は壮大なバレエに仕上げた。
鎮魂と再生、願いと祈りに満ちたこの作品は私たちの財産となろう。

美しく迫力のある舞台を創りだしたたKバレエ・カンパニーのみなさん、合唱の藤原歌劇団のみなさん、ソプラノ佐々木典子、メゾソプラノ向野由美子、テノール小山陽二郎、バリトン泉良平の各氏、素晴らしい舞台をありがとう。
by inadafctokyo | 2013-04-14 18:07

新年に寄せて

年が改まって初めてのエントリです。
今更おめでとうでもありませんが、今年もよろしくお願いいたします。

毎日の暮らしの中に落ち着いて何かを書くという時間を取ることが出来なくなってきています。
細切れな時間のやり繰りの中で何を優先していくかは重要な判断になるでしょう。
今は反射神経と集中力で一気にパソコンに向かわなくては、ブログのアップは難しい。特に一人になりたい私にとっては難しい状況が多いわけで。

いっそもうやめるということもあって良いような気もしますが、わざわざ宣言しなくても、遠ざかればいいわけです。

それでも心が動いた時にはそれを記したいということもあるので、ぽつぽつとやはり続けていくのかもしれません。PCやiPadの中には端切れのような文章がいくつも落ちているので、それを拾い上げてはアップすることも今年の課題となりましょうか。

昨シーズンは早々に天皇杯を終えてしまいましたので、十分な残り時間を与えられました。
怪我の功名というのか、いつもは我慢している歌舞伎やバレエ、映画などを観ることが出来ました。
日々精進しつづける人間の凄さはジャンルが変わってもこちらに迫ってくるものは変わりません。
どんな時もわたしを励まし、前に進む勇気を与えてくれるものです。
様々な事情でアウェイ観戦は簡単にはできそうもありませんので、今期は舞台に接することが多くなるのかもしれません。

年末に映画「ファースト・ポジション」を観ました。
ユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)のファイナルに臨む若いダンサーを追ったドキュメンタリー映画です。
YAGPはローザンヌと並ぶ最高峰のコンテストで、世界各地の予選には9歳から19歳までのダンサーが毎年5千人以上も参加し、ニューヨークのファイナルは200人から300人が出場することが出来ます。

その中から映画では6人のダンサーをその家族とともにカメラに収めています。
10歳から17歳までの彼、彼女たちを通して、観客はバレエという芸術の過酷さを知るのです。
普段あまりバレエの世界に接していない人にとっては意外なくらいの厳しさかもしれません。美しく華やかで優雅な舞台を作り上げているのは、生身のダンサーたちのそれこそ血の滲むような努力と鍛錬、そして天からの贈り物のような才能に抗い難く惹きつけられた家族や教師の献身。そしてトップアスリートのようなストイックな日々。
バレエに魅せられた私には当然のことと思えるそれらのことも、こんなにしてまでと思う人がいても、不思議ではありません。
レッスン時間を増やすために学校に通う時間も惜しんで自宅学習をしているミコとアラン。
16歳のコロンビア出身のジョアンは家族と離れ、アメリカでレッスンを続けています。
シェラレオネから養女として迎えたミケーレのバレエ修行のために家族で引っ越しをする養父母。

しかしどんなに努力しても、それが必ず報われるわけでもないこともこの映画は映し出します。
舞台を降りて泣き崩れ、教師の言葉にもなかなか立ち直れない少女がいました。彼女もまたあの6人の少年少女たちと同様にありったけを注いでここまでたどり着いたに違いありません。
その他にもレッスンで変形し、傷ついたダンサーたちの足指、トゥシューズにリボンを縫い付ける、ストレッチをする、衣装の嵩張るチュチュを両腕でまとめて歩く等々、バックステージをその折々に捉えたちょっとした場面が輝いているのは、監督のベス・カーグマンがかつてバレエ学校で学び、この世界を深く理解しているからでしょう。

栄光を掴んでも、失意に沈んでもバレエが好きで堪らず、そのために全てを捧げる決意を持ったまだ若い彼ら彼女らの姿は一瞬一瞬が魅力に溢れ美しくそして力強いものです。

バレエには5つの基本姿勢(ポジション)があります。跳躍や回転などすべての動きはその5つのポジションから始まり、終わります。
第1ポジションは両方のかかとと膝の裏をぴったりとつけ、つま先と膝は外側に向けます。足はまっすぐで付け根から外に開く、アン・ドゥオールを保たなければなりません。両腕は脇に卵を挟んだくらいにして広げ、腕全体で綺麗な弧を描きます。手の位置はお腹の前です。
ファースト・ポジションというタイトルは若いダンサーたちそのものと、彼らがスタート地点に立ったのはまだまだこれから弛まぬ努力を要求される世界であるということを表現しているのではないでしょうか。
何によらず脇目もふらずに自分の力で道を進もうとする若い人たちには誰もが拍手を送るでしょう。

バレエをよく知らなくても感動を得られる映画です。ぜひご覧ください。
渋谷ル・シネマにて。
ファースト・ポジション
by inadafctokyo | 2013-01-12 21:03 | 映画

Kバレエカンパニー「ロミオとジュリエット」

6月2日Bunkamuraオーチャードホール

熊川哲也を初めて知ったのは1989年、日本人初の金賞を受賞したローザンヌ国際バレエコンクールでだった。そのとき17歳、それ以来伸び伸びした跳躍、切れの良い回転を活かした表情豊かな踊りに魅了され、ずっと注目してきた。
いうなればバレエにおける梶山陽平のようなもの。(この件に関するバレエ界からの苦情は一切受け付けない)
今のところ高校生の頃から秀でた能力を見せ、注目していたところが同じだというだけで、うちの10番の方はまだこれからだ。
サッカー選手も足の故障は付き物だが、熊川哲也も2007年右膝前十字靭帯断裂、2008年右膝半月版損傷という大怪我を乗り越え、今回はコンディションが非常に良いと聞き、頑張ってチケットを手に入れた。

熊川哲也のロミオ、ロベルタ・マルケスのジュリエット。
育ちが良くて友情に厚いロミオ、清純ではつらつとしてかわいいジュリエット、この二人が出会ってあっという間に恋に落ち、結ばれるが行き違いから悲劇に至る。誰もが知る物語を冗長な部分は廃して、テンポ良く展開する。
舞踏会の場面も重厚な音楽に沿った厳かな振り付けが一般的だが、30代以上のダンサーが充実しているロイヤルと違って、若いダンサーが主体のKバレエでは若さを活かした振り付けとなった。
階段を多用したヨランダ・ソナベンドの舞台美術とあいまって、広場の場面も含めてスピーディーで小気味良い印象の舞台だ。
プロコフィエフの音楽は人物の感情や情景を非常によく表し、美しい。
幕開けのマンドリンの奏でるメロディ、ジュリエットのテーマ、舞踏会の重々しい調べ、そして美しいパ・ド・ドゥ!
バルコニーのパ・ド・ドゥでの弾けるような恋の喜び、寝室のパ・ド・ドゥでは激しい感情と悲しみを二人は見事なパートナーシップで表現した。
舞台を締めくくる墓所の場面の悲痛な踊りはそれまでのきらめくような生を表徴する数々の踊りがあったことによって更に印象深いものになる。

主な配役はマキューシオ:橋本直樹、ティボルト:遅沢佑介、バンヴォーリオ:伊坂文月、ロザライン:松岡梨絵、パリス:宮尾俊太郎!、キャピュレット卿:スチュアート・キャシディ、キャピュレット夫人:松根花子、乳母:前田真由子、僧ロレンス:ブレンデン・ブラトーリック、僧ジョン:小山憲
中世ヨーロッパの貴族社会というような設定は昔なら日本人のダンサーでは様にならない、カリカチュアのように感じられたこともあったが、それは遠い昔のこと。それぞれがその人物をよく生きて、娘たち、友人たちの群舞も溌剌として、現代人にも違和感のない14世紀イタリアの悲恋物語を再現した。

観客の大きな拍手によってカーテンは幾度も上げられた。
いつでも素晴らしい舞台は生きていく糧になるものだ。
by inadafctokyo | 2011-06-05 09:18

情熱と誇り

舞台は人を魅了する。小学生の時にまだ創成期だった劇団四季を見て以来、私は舞台の虜になった。
娘がバレエ教室に通うようになってからは客席に座るだけではなく、舞台袖や裏で舞台が作られていく過程を見守ることにもなった。
先日の国立劇場で行われた今藤会の公演の際も、開場前に楽屋口から舞台裏に回ってゲネプロを見学した。本番前は出演者、スタッフみなが右往左往しているので誰が居ても誰も気にしない。誰かの関係者なんだろうと思うだけ。実際関係者ではあるので、さりげなく周囲に挨拶しながら、片手に靴をぶら下げて様々な機材でごった返す埃っぽい薄暗がりで眩しい舞台を見ていた。
あの場所に立てるのは特別な人、特別な才能があり人一倍の努力を苦にしない者が立つことを許される場所。
その場所に立ち続けた人間の物語、「プロフェッショナル 世界のプリマ 最後の闘いの日々」NHK

吉田都は昨年春にロイヤルバレエ団を引退することを表明した。
今年行われたロンドンと東京での最後の公演に臨む彼女に密着したドキュメンタリーを見た。

9歳でバレエを始め、まもなくその才能は注目されるようになる。17歳でローザンヌバレエコンクールでスカラシップを受賞した彼女は英国ロイヤル・バレエスクールに入学する。
輝かしいチャンスを得た勝者のはずが、クラスでたった一人の東洋人としてコンプレックスに苛まれる。同級生たちの容姿と自分を比べ、鏡をまともに見られず泣いてばかりいた。しかしそれで何かを捨ても諦めもせず、逆に人一倍練習に打ち込む日々が彼女を支えた。
今でも、指導者がOKを出しても、自分自身が納得しなければレッスンを終えることはない。“もう一度”“まだ”と呟きながら、自分を追い込んでいく。どうすれば役を表現できるか、どうすればより美しく見えるか、妥協しないことによってダンサーとしての体は満身創痍となる。レッスンが終わるや否や氷で腰や膝を冷やすのはいつものこと。ロンドンでの最後の舞台となる「シンデレラ」の直前には股関節を痛め、バレエ団のトレーナーの元を訪れる。腰の痛みでしばしば稽古は中断されるが、決してやめようとしない。
“あと少しもってくれれば”笑いながら彼女は言う。
“がんばれ、がんばれ”舞台の佳境を迎えて舞台裏で自分を励ます。
舞台に全てを捧げているその様子を見ていると、だから舞台が輝くのだと思う。
観客である私たちに彼女の足跡や苦闘は直接には関係ない。何も知らなくても感動できる。
しかし、彼女は闘い続けてきた。決して自分を甘やかさず、自分が出来ることは何かを厳しく見つめてきた。

バレエスクールへの1年間の留学期間が終わる頃、サドラーズ・ウェルズ・バレエ団(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)への入団が決まり、その個性を演出家のピーター・ライトによって認められ23歳でプリンシパルに昇格。1995年にはロンドンに本拠地を置く英国一のバレエ団ロイヤル・バレエに移籍。
他のインタビューで自分は運が良かったと語っていたのを聞いたことがある。大きなロイヤル・バレエでヒエラルキーの下から出発したら、自分の個性を発見できたかどうかわからない。地方のバーミンガム・ロイヤルでたくさんの主役を踊ったことで成長できた。

ロイヤルバレエ団にはそれこそ星のようなバレリーナがいつでも燦然と輝いている。
シルヴィ・ギエム、ダーシー・バッセル、ヴィヴィアナ・デュランテ・・・。その中で吉田都は倦まず弛まずテクニックを磨き、欧米人とは違う自分の個性で勝負をしてきた。優雅で繊細。柔らかで優しい詩情。強烈な光ではなく包み込むような暖かな光に満ちた演技。特に表現力、演技力を重視されるロイヤルにあって控えめな都の特性は磨かれ、注目を集めるものになった。少女や妖精は右に出るものなしと言われたが、白鳥の湖の二役もロイヤル一と評価されている。
その彼女がロイヤルを引退する。
“気持ちが穏やかになってきた。それではやっていけない”
そう語る彼女の目元にあふれる涙。
闘い続けてきた吉田都は“ベストを尽くした35年と言いきれるだけのことはやった”という心境の中でバレエ人生に一区切りを付ける。
これからは楽しみながら日本で踊り続けたいと言う。組織の中での厳しい競争はなくなるかもしれないが、自分自身を追いこむ彼女の流儀は変わらないだろう。
東京へ向かう前日、ロイヤル・バレエ団の彼女の楽屋を片づける。15年間彼女のものだった鏡前。少女ファンからの贈り物なのか画用紙に描かれたバレリーナの絵を外して、キャリーバッグにしまう。さあ、これでおしまいと歩き出す。その先には東京での「ロミオとジュリエット」が待っている。

東京での練習中には、ピーター・ライトが訪れる。バーミンガムで吉田都のダンサーとしての資質に着目したライトは、今も都にとって重要なアドヴァイスを贈る。
“技術的には完璧、しかし完璧な踊りを目指すべきではない。”もっと情熱を、イタリア人のように、と。

ロイヤルのプリンシパルとして最後の舞台に臨む彼女に、そして舞台を終えた彼女に、バレエ団の人々が声をかけ、抱擁する。長い年月を愛されて過ごしてきたことがわかる。

彼女の足の指のアップがある。人より長い足指がまるで手指のように床を捉える。トゥで立ち、降りる、必要以上の音を立てずにいかに自然に美しくトゥ・シューズで踊るかを具現化できる強い指がある。体の隅から隅まで神経を行きとどかせて成り立つ美。
人を感動させるのは容易なことではない、このように常に準備を怠らない、全てを捧げることができるものだけがあの光あふれる場所に立てるのだ。

情熱と誇りをもってやるべきことをコツコツとやり続けられること・・・それがプロフェッショナル。


本日深夜0時15分からNHK総合で再放送。
by inadafctokyo | 2010-10-26 16:16

マニュエル・ルグリ「エトワール最後の60日」@NHK教育

厳しい階級社会*であるパリ・オペラ座バレエ団で最高位のエトワールを23年間務めたダンサー、マニュエル・ルグリの引退公演までの60日を追ったドキュメンタリー。

4歳からバレエを始めたルグリは12歳でオペラ座のバレエ学校に入学し、16歳でバレエ団に入団すると昇進という階段を駆け上ることになる。21歳という若さでしかも階級を飛び越して、当時芸術監督だったルドルフ・ヌレエフによってエトワールに任命される。
エトワールであるということは、どういうことなのか。

「常に崖っぷちに立たされていると感じる。観客はより上を、完璧を求め、他のダンサーの手本にもならなければならない。」

自分に厳しいルグリのレッスン風景や舞台が紹介される。当たり前のことだが、基礎を疎かにしない。彼のテクニックを支えるものが理解できる。
引退公演2ヶ月前の舞台は「ル・パルク」のパドドゥ。パトリック・ド・バナ振付け。18世紀の宮廷での恋愛を描いているモダンの作品だが、大変デリケートな男女の心理が表現されているのはルグリの芸術性にも寄るところが大きいと思われる。
相手役を務めたオーレリー・デュポンは舞台後感極まって泣き出す。もうすぐ彼女のバレエ人生で最良のパートナーを失ってしまう思いに駆られたのか。

余談:オーレリー・デュポンの10代の頃、オペラ座バレエスクール時代のビデオが家にある。煌く才能を感じさせるものだが、その後体つきも顔立ちも美しいが逞しさが増した。
私の好みとしてはこの後に登場するクレールマリ・オスタの繊細さが好きだ。断っておくがオーレリーが繊細さを表現できないわけでは決してない。

ルグリが若いダンサーを指導する場面も登場する。
バレエ・コンサートでドニゼッティ・パドドゥを踊るコリフェの二人の練習を見るルグリ。
指示が的確であることがわたしでも分かる。難しいことは言っていないと思うが、高いレベルを要求している。

3月、オペラ座にルグリ引退公演の垂れ幕が下がる。
演目は「オネーギン」。言うまでもなくプーシキンの「エフゲニー・オネーギン」を元に、クランコが振付けた作品。ルグリがオネーギンを演じ、相手役のタチアーナはクレールマリ・オスタ。

このドキュメンタリの中では「眠りの森の美女」「ル・パルク」「オネーギン」と紹介されるが、ルグリの良さはやはりパドドゥに発揮されると思う。彼の特徴は優れた音楽性とエレガンス、そしてパートナーとの完璧なコンビネーション、サポートの素晴らしさにある。
彼はこう言っている。
「パートナーと感動を分かち合えた時、最大の喜びがある」
「音楽と振付があれば言葉はいらない」
「音楽性のないダンサーと組むことは考えられない」


「オネーギン」には非常に難しい高速回転を伴うリフトが続く、相手役への信頼がなければできない。そして擦れ違う男女の心理を表現する演技力も要求される内容なので、ルグリの引退公演には相応しいといえよう。

5月15日 引退公演当日。
オネーギンとともにルグリが望んだ特別な演目「デフィレ」。
バレエ学校の生徒から始まり、階級の順にエトワールまでオペラ座に所属する全てのダンサーが、ベルリオーズの曲に合わせて次々に優雅に行進する。日本公演で私も観ることができたが、幕開けから徐々に徐々に興奮が高まって、なんとも言えない幸福感に包まれる作品。
少年のルグリがオペラ座の舞台に始めて登場したのがデフィレ。そのとき最初に行進したルグリがやがてエトワールとなって、最後に喝采を浴びながら登場する。

ルグリの登場をうっとりと眺める少女のバレリーナたち。鳴り止まない拍手、カーテンコール。

舞台に先立ち、バレエ学校の生徒たちから贈り物を渡される。学校時代の写真と成績表。
喜びに顔を紅潮させながら、高まる感情をコントロールしようとするルグリ。
学校時代の成績は決して良くなかった。
「悪い評価がたくさんついています。自分の記憶と違っていますね。踊ることが大好きで成績は関係なかった。」

オペラ座最後の舞台には、パートナーであったモニク・ルディエール、エリザベット・プラテルなどの名バレリーナたちも顔を見せ、花束と抱擁で祝福した。
20分ものカーテンコールを終えて、みなに挨拶をするルグリ。

みんなが大好きです。今は悲しくありません。人生は続きます。

44歳定年のためオペラ座のエトワールとしては去るが、この後もダンサーとしての活動は続け、ウィーン国立歌劇場バレエ団の芸術監督も務めることが決まっている。

同じ時代に生きて彼の舞台を堪能することができたことは幸福だった、と間違いなく言えるダンサーの1人である。

*パリオペラ座バレエ学校には容姿、才能いずれも優れた生徒のみが入学を許されるが、その学校からは年に2名程度しかバレエ団への昇格はない。
バレエ団の階級はカドリーユ→コリフェ→スジェ→プルミエール→エトワールと階段を登る。
誰もが上に登れるわけではなく、プルミエールまで到達するのはごく一部のものだけで、エトワールは更に少ない。


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長年パートナーを務めたモニク・ルディエールと
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熱狂する観客
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舞台袖で出を待つ、緊張の表情
by inadafctokyo | 2009-09-21 12:02