人気ブログランキング | 話題のタグを見る

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

15日は一時間スペシャル「井上雄彦 闘いの螺旋いまだ終わらず」。
小さなビデオカメラで1年間に渡って井上の仕事の現場を追った力作と言えるだろう。
井上雄彦と言えば“漫画界の生きる伝説”だそうだ。
このような言い方になってしまうのも、私は「SLAM DUNK」も「バガボンド」も読んだことがないからだ。
彼の苦悩を伝えるこの番組を見ていると、ただの1ページも目にした事がないことが申し訳なくなってくる。
漫画家として自らに課していることは次のようなことだ。
「レベルは上がることはあっても下がることは有り得ない。」「手に負えないことをやる」

例えば、セリフも擬音もない絵だけで40ページのバスケットボールの試合を描ききる。
ペンではなく筆を使い一気に書いてゆく。極細の面相筆で人物の顔を描いていくところは息詰まるようだ。下書きは非常に大雑把で本人以外では何らの当てにもならない。自在に描線を操り表情を作り出していく。この仕事に入るきっかけも画力を買われたからというのも納得できる。

創作の過程は地獄の無限ループだ。
ネーム→下書き→筆入れと進むが、週末に行われるネームと呼ばれるコマ割やセリフなどの構成を考える作業が肝である。だからして作者は呻吟する。 
今、井上が取り組んでいるのは11年に及ぶ連載が終幕へ向かう「バガボンド」だ。原作は吉川英治の「宮本武蔵」。

武蔵がある言葉を呟く、それまでの武蔵とは違う何かを表現しようとして、それがうまくいかず原稿は進まない。締切当日にようやく合格と言える表情が描ける。
一晩眠ってまた次の回のネームに取りかかる。
締切当日になって筆入れという場面もあり、さすがにカメラに苛立ちの表情を見せることも。

過去には人を斬ることでしか人と交流できない佐々木小次郎を描くことで、その苦しみのあまり一年間の休筆に追い込まれた。
追い詰められ、用紙を見ることも嫌になり、優しい音楽しか聞けなくなった。しかし途中で放り出すことはできないと連載を再開した。
キャラクターに相応しくないことはしない、言わない。作者の都合で登場人物を動かさない。とことんその人物に寄り添い、迫って表情を探る。細い筆が迷いなく動いて表情があるべきものとして現れたときに、初めて井上も納得し、苦悩の日々から解き放たれる。しかしそれもほんの僅かな間でしかない。
本当にこの人はどこに行こうとしているのだろう。
両親の離別により8歳で東京から鹿児島へ移り住んだ。その地で祖父から絵を褒められた。
生まれ育った地を離れざるを得なかったこと、父親を失ったこと、それらの喪失感を絵を描くことで埋めていくような内向的な少年だったように想像してしまうことはこちらの勝手でしかない。しかし、失ったもの、欠けたものを求めて必死に足掻くような人間でなければ、創造はできないのも確かではないか。

「SLAM DUNK」の桜木花道というおかしな名前の主人公の負けず嫌いで努力を惜しまない性格は、この人そのものなのだろう。
人がなんと思おうと、苦しむことこそ人生だ。時折柔らかい光を見出してそこに至福を感じながら前進せよ。
by inadafctokyo | 2009-09-16 11:18


<< ヴェルディ消滅の危機 駒場で勝利! >>