ファルフ・ルジマトフというロシアのバレエ・ダンサーがいます。
キーロフ、アメリカン・バレエ・シアター、そしてレニングラードと所属し、世界中のファンを魅了してきた大変人気の高いダンサーです。レパートリーは幅広く、クラシックの定番「白鳥の湖」や「ジゼル」などは勿論、ローラン・プティ、ベジャールの作品も類いまれな表現力で得意としています。ですが、小柄でエキゾチックな容貌の彼がとりわけ輝く演目は海賊の奴隷、そしてバヤデルカのソロルなどがあげられるでしょう。
日本人女性に熱狂的なファンを多く持つ彼は度々個人でも日本公演を行っています。
彼のエキゾチックな容姿、時に苦悩に満ちた情熱的な雰囲気が日本人女性の心を狂わせるのです。15年以上も前に初めてルジマトフの舞台を見て、一晩にして虜になった私です。
ルジマトフのファンが見せる通常のクラシックバレエの観客とは違う種類の熱の高さ(言うならば梅沢富美男に群がるような!)も興味深く、控え目と言われる日本人女性の欲望の発露が素敵だと思ったものでした。
40も大分過ぎ、レニングラードの芸術監督とダンサーの二足の草鞋を履くようになった彼には以前のような跳躍、回転の切れやダイナミックさは望めません。それでも彼以外の誰のものでもない表現力は衰えず、ダンサーとして生きること、舞台で生きることの光と影を表現し続けるのです。
いつだったか、ルジマトフが踊り終え一瞬の静寂の後、天井が抜けるような拍手、そして幾多の赤い薔薇の花が舞台に投げ込まれました。舞台の床が薔薇の赤で埋め尽くされる中で、ルジマトフはうつむき加減に胸に片手をあて片方の膝を曲げたポーズで立ち尽くしていました。忘れられない光景です。
先日のペーニャなでしこ(女性だけのペーニャ)の集まりの時にクラブスタッフの方が佐原さんの人気の高さが理解できないという話を聞いていて、私はぼんやりとルジマトフを思い出して、そのまま夢想していました。
試合の後に佐原さん目がけて、一斉に何百本もの赤い薔薇を投げ込みたいものだなと。