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ほとんど義務感だけでアップ

J'sGoalと東京中日とエルゴラとトーキョーワッショイを見てください、で終わりにしたいところです。
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変なのが来てました。天皇杯マスコット・・・何がどうなるとこうなるの?
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アップ中の人たち
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天皇杯返還式。カップ戦は強いんです。
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今日の見学者のみなさん
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前半は良かったと思います。先制していればまったく違った試合展開になったのでは。
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コーナーキックもチャンスもありましたし、シュートも打っていましたよ。悉く大宮の壁に当たってしまいました。運で済ませては身も蓋もない。
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ネマニャン初見参。期待は持てそう。
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すき家Dayなので丼持って。
夏休みの土曜日なのに予想(23,000人)を大幅に下回る入りでした。ホームで勝てないのは痛手です。それほど酷い出来では無かった、前半は寧ろわくわくする場面もあったとは思うのですが、ホームでノーゴールでの敗戦はこたえます。
こどもたちにもそろそろ不満が溜まっていることを帰り道に感じました。
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by inadafctokyo | 2012-08-19 11:44 | FC東京

聖火に照らされて

オリンピックが終わりました。
2週間あまりのこの日々をめったにお目にかからない極上のチョコレートを貰ったこどものように、大切に楽しみました。
時差もあって、どうしても日本人選手が出る競技中心になりますが、早く寝て早朝起きだしたり、夜更かしをしたり、そして案の定会社では眠気との戦い。意味の分からないメールの文章、電話の途中でうとうと・・いやはやとんでもない勤務状況だったわけですが、なんとかお盆休みに突入しましたよ。

テレビに映し出される選手の表情に魅入られて、眠さや疲れは忘れていました。
どんな言葉よりも選手の見せる表情が全てを物語っていると思いました。

例えば個人総合で金メダルを取った体操の内村航平選手がメダルを手にして見せた表情は、なんとも言えないものがありました。
勝って当然という期待を背負って、しかし団体では失敗が続き、一度は手から零れたと思った団体でのメダルはなんとか手に入れましたが、銀でした。責任感と焦燥感に苛まれた時間があったことは想像に難くありません。少しこけた頬に浮かぶ微笑の本当の意味は本人にしかわからないのですが、私はトリノ・オリンピックで金メダルに輝いた荒川静香選手の表情を思い出していました。
彼女は最初に出場した長野では良い成績を残せず、ソルトレークは出場することも出来ませんでした。ようやく心身のバランスが整い、楽しもうと決めて臨んだトリノで金メダルに輝いたのです。
演技後、そして表彰式での不思議そうな、まるで魔法から覚めたような表情が忘れられません。

勝っても負けても、4年の日々を賭けてきた一人ひとりの努力は尊いものです。
その努力が必ず晴れの舞台で実るものとは限りません。「努力は必ず報われる」と言った卓球の福原愛選手も、その努力は3歳の時からの長きに渡っているのですから、才能にめぐまrて、なおかつ粘り強くあきらめずにやり続ければ・・・ということで凡人とは違うレベルの話しです。

思いもよらぬ敗戦に呆然とする姿、涙を堪えながらインタビューに応える姿に、オリンピックに日本代表として出場する、そのことの凄さを改めて感じました。
そうした失意の選手たちの表情もまた聖火に照らされて、印象的な陰影を刻んで心に残りました。

サッカーは男女ともにベスト4進出という誇らしい結果となりました。
女子はW杯での優勝から突然の脚光を浴び、簡単ではない道のりだったはずですが、成長をしっかりと見せてくれました。
男子は前評判はあまり良いものではありませんでしたが、よく頑張りました。私は職場で一番期待する種目として、男子のサッカーをあげていたので、面目が保てたというところです。
日韓戦ということもあって、その後政治的な側面ばかりクローズアップされたのは残念です。

ボクシングも、アーチェリーもバドミントンもフェンシングもレスリングも重量上げも水泳もスポーツや勝負の面白さを存分に見せてくれました。
大会を通じて感じたのは、負けから学ぶことが大切だということです。
負けから学べたかどうか、それがこれからも誰にとっても重要なことでしょう。

楽しい祭典でした!
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by inadafctokyo | 2012-08-15 07:16

8月6日

Googleビューで見られる原爆ドームの内部です。
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原爆ドームは大正4年(1915年)4月、広島県物産陳列館として竣工、昭和に入り産業奨励館と名前を変えました。
そして昭和20年8月6日爆心地から北西約160メートルの至近距離で被爆、大破炎上しましたが、本屋は奇跡的に形を留めました。
昭和30年代には老朽化し、立入禁止の柵が巡らされたこの建物を保存するために、人々が動き、寄付が集まりました。

「ドームを完全に保存し、後世に残すことは、原爆でなくなられた20数万の霊にたいしても、また世界の平和をねがう人々にたいしても、われわれが果たさねばならぬ義務の一つである。」

(原爆ドーム保存を要望する決議より 広島市議会)
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by inadafctokyo | 2012-08-06 18:15

攻撃的で魅力的・・

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暑い中よく頑張りました。キックオフ前のコールで「日本、日本!」そして「権田!権田!徳永!徳永!」その瞬間レッズゴール裏の熱がさーーーーっと引いていくのがわかりました。(笑)
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8時からオリンピック男子代表の試合があるという条件下での3万4千人あまりというのは健闘した方でしょう。一時のレッズを思うと物足りない気もするのですが。
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今回はMU指定席をサポーター仲間20人ほどで取っての観戦でしたので、まったくと言っていいほどアウェイ感はありませんでした。この席は試合の流れなどがよく見えて、前半は悲しいほどでした。
2失点して為す術なしという状態を見て、暑くもあり帰り道の大変さを考えると憂鬱になりました。
さっさとさいスタを後にして、”涼しいうちでオリンピック代表の試合を見ましょうよ~”という笹塚の誘惑を退けたのは、あまりにも何も出来ない前半だったからかもしれません。
後半、ファンも戸惑う3バックにして、かつカジヤマ効果で同点にすることに成功、危うく勝ってしまうところでした。いや、勝っても良かったのですが。

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完敗だった前半があるので、両手を上げて大喜びとはいかなくて、ポポさんが言うように楽しめたかどうかはともかく負けなくて良かった~という試合です。浦和はまさか追いつかれるとは思っていなかったでしょう。恐い恐い。
試合中の修正力ができてきたと捉えることにしましょう。
試合後は一目散に笹塚のくまの保護者宅へ。オリンピック代表が勝利をおさめる瞬間に間に合いました(笑)
埼玉高速鉄道は後ろから2両目のエアコンが故障したとかで、その車両に乗り合わせたみなさんは大変な思いをしたでしょう。重ね重ねお疲れ様です。

8日はナビスコだよ~ 大丈夫かな。。。
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by inadafctokyo | 2012-08-05 10:13 | FC東京