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福島に行ってきた

福島を縦に三分割して内陸側を会津地方、中間地を中通り、海側を浜通りと言います。
今回は中通りの須賀川に行ってきました。

須賀川インターに近づくにつれ高速道路も補修の跡が目立つようになり、一般道では路肩が崩れた跡が残っていたり、崩れた崖に網がかけてあったり、屋根にビニールシートがかけてあったりと震災の影響は注意深く見ればまだまだ残っています。
ジェイラップに向かう道が通行止めになっていて、遠回りを強いられましたが、無事到着しました。
ジェイラップは私が信頼する農業者集団です。正確に言うと農業者集団が作った生産物の流通を仕事としている株式会社。うーん、ちょっと足りないかな。須賀川の地で農業に従事すること、百姓として生きていくこととはどういうことかの指針を示し、仲間を増やし、消費者と協働する団体です。
主要なメンバーの方々とは長いお付き合いで、勝手に親戚のように思ってきました。
3.11からの日々は自分自身の暮らしの根底を揺るがせるものでしたが、何よりも須賀川の生産者の皆さんのことを思って心が乱れる日々でもありました。
正直に言えば、原発の事故を早い時期からかなりな事故と思っていた私は「もう駄目なのでは・・・」と考えることが度々ありました。
原発に近い地域はもちろんのこと、中通りであっても農業は続けていくことができるのか・・言葉に出来ない思いを抱き続けていました。
そして事故から3カ月以上が経ってようやく訪れることができました。

ジェイラップの事務所は立派な建物です。行くたびに新しくなって調理室で米粉のパンやピザを作ったり、広いベランダで地の野菜や肉をふんだんに取り入れた料理で宴会をしたり、とにかく行くたびに嬉しい驚きがある場所になっていました。
その建物の事務所では、普段通りパソコンに向かって仕事をする姿が見られましたが、よく見ると建物内に大きく段差が出来、床が傾き、扉は閉まりにくく、敷地にはひび割れを埋めた跡がありました。
事務の人や生産者の人たちのご自宅も全壊ではないものの、どこのお宅も被害は小さくない様子です。

福島でこんな大きな地震が起こるとは思っていなかった。大きな長く続く揺れに慌てて事務室に飛び込むと、女性たちはみな机の下に隠れていて、それに気付かず自分だけが取り残されたと思い、焦ってベランダに出たが、ベランダの柵ががたがた揺れてビスが次々飛んで行くのを見た。
農道が蛇のようにうねうねと振動で曲がりくねるのを見た。震災当日のことを伺っていると笑いながら話しているのですが、私自身が東京で味わったあの恐怖と不安の何倍かの経験であったことでしょう。
米は売るほどあるのが不幸中の幸いで配布されたカップラーメンはすぐ食べ飽きて、やはり何もなくてもおにぎりが一番いいとしばらくは握り飯が中心の食生活でした。稲田稲作研究会の米はとにかく他の追随を許さぬ旨さですから。

そして原発の事故。
3月15日にはひび割れた建物と地面の隙間をコンクリートで埋めるためにずっと外にいた人もいます。田んぼを見回っていた人もいます。みな、その日に大量の放射性物質が放出されたことを知らされずに、とにかく被害の全貌を掴み、次に何をすべきか明らかにするために、必死で働いていたのです。
自宅よりもまず会社を動かせるようにしないと。
田植えは近い、水は確保できるのか、陥没や地割れの入った田んぼを、畔を、早く修復しなくては。キュウリも放っておくわけにはいかない。その時原発のことなんか気にしている人はいなかったでしょう。

地震だけなら・・その言葉を皆から聞きました。
原発(事故)さえ無ければ・・・。
“楽しまなければやっていけない”それがモットーの彼らですから、被災のことを話す時も笑いを散りばめて。「Dはズボンのチャック全開でいたから、お前だいぶ慌てて出てきたなとみんなに言われたんだ。」そんな風に話す関根さんも原発については無念そうな表情です。

私が福島のことを思ってうろたえていた3月25日には、稲田稲作研究会は可能な限りの作付を行うとの方針を出し、遅れた田植えの準備に全力で取り組み始めたのです。
この震災を契機に耕作を断念する農家も出てきて、その田んぼも引き受けて1枚でも多くの田で稲を育てることを決意したのです。
そこから土壌検査をクリアし、専門家の意見を聞きながら出来る限りの防除の手も打って進んできました。
関根さんは放射性物質について調べ、どうすれば減らすことができるのか常に考え、試してもいます。この地球上に無駄なもの、意味のないものなど無いと思うようになった関根さんは、例えば土壌の有害物質の分解にだんご虫がいいのではないかと思えば、だんご虫を集めてみる。ゼオライトがいいと聞けば、微粉末を作るというようにいつもどおり熱心に取り組んでいます。

不安はあるけれど前向きに、そうは言ってももし検査の結果、米が売れないとなったら社員をどうするか。一時的にでも仕事先を探さなければならないと考えることもあったようですし、大地が原発に反対する立場をとってきた意味を今更ながら解ったという言葉も聞きました。
社長の伊藤さんは国の基準はとんでもない、ここ稲田稲作研究会では国の基準の500分の1を達成できると自信を見せておられました。

またここ須賀川でも津波のような被害がありました。灌漑用ダム藤沼湖が決壊し150万トンの水が一気に田畑や家屋を飲み込み、死者6名、行方不明2名、多くの家屋が被害を受けました。このダムから水を引くことができず、今年は川の水での稲作になります。
個人で農家をやっていたら、年を取っていたらもうやめようと思って当然のことが起こっています。この地に仲間がいるから、首都圏にもたくさんの応援してくれる消費者がいて、大地があるからなんとか前を向いていられるのかもしれません。

原発事故の行方がいまだにはっきりしない状況で子どもや若い人は一時でも避難したほうがいいのではないかとははっきりとは口に出せませんでした。この土地を離れてどうやって生きていくのか。それはよそ者の私にとってさえ難しいことのように思えました。
彼ら当事者にこそ、はっきりと意思を示してもらいたい。農業と原発は共存できない。人と核は共存できない。
私は全力で彼らを応援していきます。非力であることは承知のうえですが。

今回は以前から関根さんが中心で取り組んできた捨てるものをなくすことで自給率をあげようという試み、生産物を乾燥させる、また粉末にする事業をいよいよ軌道に乗せようと、新しく出来た工場も見学をしました。
その様子はまた次回に。

農業者集団ジェイラップ
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by inadafctokyo | 2011-06-29 17:38

水戸は食ってやったから

もう大丈夫、みんな安心して応援に行ってください。
常陸牛の焼き肉屋さん「ななぼし」
アウェイを食いつくせシリーズもすでに8回目?
その度に店を探すのも大変です。幹事さんありがとう。

今回は大方の「どうせ納豆でしょ」予想を裏切って豪華!焼き肉でしたよ。
創業10周年ということでなんと、肉も飲み物もすべて半額!!
わざわざ新小岩まで行きますよね。
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なんかもう色々食べまくって飲みまくりました。

私は明日明後日は福島です。
水戸からの良い報告を楽しみに大好きな福島の今を見て感じて来たいと思います。
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by inadafctokyo | 2011-06-24 13:56

さすがに梶山ですよ・・

流石に梶山だ・・・ゴール裏に向かって腕を突き上げる梶山を見て、私は感心していた。
FC東京ニュースvol.81には、このように書いてあったからだ。
『スタジアムでは、勝利の後、その日に活躍した選手が "シャー"と呼ばれるパフォーマンスを披露するのが慣わしにもなっている(中略)しかし梶山は自分に言い聞かせるように「勝利パフォーマンスは封印したい」と言う。』
もっと質の高いパフォーマンスをして、試合を決定づけるプレーがしたい。そしてJ1昇格を決める試合で活躍したら、その時に…と梶山は語っているわけだが、いやはや秋まで待たずに梶山のシャーを見られて、本当に嬉しい。
何事にも拘らない、ちっちゃい事は気にしない、東京の10番に相応しい大きさだ!
ヒーローインタビューの最中だか後だか、そう言えば俺、夏に海外移籍するんだっけか?と思い出したのだろうか。いや、海外移籍についてもそう言えばそんな事言ったっけ?ということになるのかな。

今期初の連勝、ホーム無敗。

今ちゃんは一時期の迷いを払拭して、頼もしいキャプテンとして君臨している。
今野と森重、そして我らがキーパー二人に後ろは安心して任せられる。あとは追加点を前の選手があげればいい。

クマはミスの連鎖を防ぐ事を選手に要求している。ハーフタイムに特に草民に名指しでミスを無くすようにと言ったようだ。草民は練習で集中力が持続しない面があって、試合の方が良いパフォーマンスを発揮するとも以前に言っていた。
今は行って戻ってまた出て行って、という厳しい要求にも当然のようについて行けるだろう。試合に出ながらだから。
若い選手の伸び代は素晴らしい。秀人もこれまで試合に出ていないから、1試合で吸収するもの、学べるものの大きさは他の選手を上回ると自分で言っている。

下田くん、ホーム初出場おめでとう。大きな1分だった。

大竹もむっくんも巧もやり切れ!
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by inadafctokyo | 2011-06-20 23:23 | FC東京

被災地へ行くという事

仙台に行って来ました。
阪神淡路大震災の時もボランティアを検討したのですが、まだこどもが小さかったことと、私にとっては当時はまだ被災地へのボランティアは敷居が高かったこともあって果たせませんでした。
それ以後、日本人の意識も変化し、特に若い人たちを中心に多くの人がボランティアに参加するようになりました。
私自身も地域で様々ボランティアとして役割をこなして来たものの、一年前なら躊躇ったかもしれない被災地へのボランティア参加に踏み切れたのは、スポーツクラブで細々ながらトレーニングを続けてきて、ある程度の体力はつけられたと思えたのも大きな要因でした。

未曾有の災害に日本国内は勿論、海外からもたくさんの支援が寄せられています。どんな形でも被災地、被災された人への支援に軽重は無いと思いますが、出来れば一度でも実際に現地へ足を運んでみることをお勧めします。

今回は縁のある方から是非来て見て欲しいと言われ行くことにしました。
その方は津波の被害にはあわなかったのですが、各地へ支援物資を届ける過程で惨状をつぶさに見て、知り得る全ての人に実際に見て欲しい、見るだけでもいいと訴えているのです。
テレビや新聞雑誌では解らないことが確かにあります。
どんな事でも体験して感じる事は自分だけのものになります。

現地はかなり片付いてきています。地元の方がそう言いますし、被災直後の写真を見ると確かにそうでしょう。足の踏み場も無かった所が取り敢えず腰を下ろせる位にはなったという感じでしょうか。
私たちには、これが現実だろうか、一体どうしたらこんなことになってしまうのかと思えるような光景でも、「ああ、きれいになったな、だいぶ良くなったな」と地元の人が言うのを聞くと、言葉に表せないほどの事が起こったのだと実感します。
女川から石巻へ移動する時に車で通った道の両側に続く家並みのその全てが壊れていることに気付いたその時のなんとも言えない恐怖。
近くに見える家も遠くに臨める家も、壁が破れていたり、1階部分が何も無くなっていたり、一見無事に見えてもガラスが割れていたり、玄関ドアが無かったり、その家その家で様々な様子で痛々しい姿を晒しています。

ボランティアに派遣されたのは蒲生のサイトーモーターさんでした。
今は仮設住宅に移られているサイトーモーターさんはテレビでも随分取り上げられていた中野小学校の近くに仕事場と住居を構えて、ご両親とご夫婦、小学生のお子さんの5人家族で住んでいました。
震災の日はご主人は家でお客さんと商談、奥様は仙台に出ていました。
地震の後、ご主人は車にお客さんとお祖母さんを乗せて逃げ、お祖父さんはお孫さんを学校に車で迎えに行きました。そのお陰でお孫さんは校舎の屋上から家や車や人が津波に呑まれ流されて行くという恐ろしい光景を見る事は無かったのです。だからうちの子は元気でいられると斉藤さんは話してくれました。
水は比較的早く出るようになりましたが、電気がついたのは先月です。2階まで津波が襲い、1階の天井に泥の跡がくっきりと残ります。
ここで私たちはエンジンのかからない車を押して動かしたり、タイヤを洗ったり、食器を洗ったり、2階から必要な物を運び下ろしたりしました。
斉藤さんはこれまで斉藤家を訪れたボランティアと必ず集合写真を撮り、日本地図帳に書き込みをして貰っています。福岡、沖縄、東北、最も多い関東、私も飛田給の辺に丸を付けてメッセージを書き込みました。
元々楽しい方なのだと思います。でもあの大災害を経験して、なんとか前に進むためにご自分やご家族を励ましていらっしゃるんだなと思います。
キリンの工場から流れて来た缶のビールや発泡酒で道が一杯になり、みんなが拾いに行った。これがそれですよと笑いながら昼食の時にすすめてくれたビールは多分ずっと忘れられないでしょう。

誰もが個人のお宅に派遣されるとは限りませんが、もし地元の人と接する事があればその日何があったか聞いてみてください。勿論不躾にならないように気持ちを考えてですが。

ボランティアを受け入れる態勢もきちんとしていて、センターでたくさんのボランティアをあちこちに振り分けています。そこで主要な仕事をしているのも各地から集まったボランティアです。彼らの元気さにも励まされました。
どんな悲惨な状況も人は変えていけると希望を見出した思いです。
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by inadafctokyo | 2011-06-17 01:07

婿にしたいNO.1と言えば

やっぱり高橋秀人くんだよね〜。
昨日、高橋くんはtwitterで石川遼くんの無免許問題に触れて、あれだけツアーで戦っているのだからマネージャーなり事務所なりの配慮が欲しい。ゴルフに専念させてあげたいと言っていた。
前日には、自分ではアウェイの試合に向かう飛行機を手配したりしないが、何万円もする。それをサポーターの人達は働いたお金で買って来てくれるという事に感謝していた。
大人だよね〜。高橋くんならお茶飲んで普通に話ができそう。(誰だったら出来ないのよ)そしてこういう発言をする人と、AKB男子と一緒に試合に出てるんだもんな。面白いよね。

熊本戦はリブリで観戦しました。
相手のミスに助けられた面もあるし、たまたま勝ったかもしれないけど、いいじゃない。たまたま勝つ事も昨年は無かった。
自分達で課題を確認して一つずつでも修正しながら、自信をつけて良いチームになってくれれば。

捉えどころの無い、常識が通用しない吃驚するような事をやってくれる選手と広く深く物事を認識し考える高橋くんのような選手とが融合して、強いチームになって行ければいいな。

というわけで今日は新幹線の中でアップしています。
今日明日は仙台でボランティアです。
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by inadafctokyo | 2011-06-15 08:50 | FC東京

城福さんとのパス交換会

原宿のクリスティで行われた「 Touch the J 」~城福浩とパス交換会~に行ってきました。メルマガ読者から40人が参加しました。
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裏通りに猫を発見。
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6時半オープンでしたので、待たないくらいに店に向かったら、既に前のほうの席はいっぱい。
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yasuさんの切り絵
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お馴染みのポーズの写真
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司会の挨拶のあと城福さんが登場です。ジャケットにTシャツが素敵でした。映像を観ながら、話を進めます。メルマガを始めたのはプロの監督や選手がやっていなかったから。充電ではなく何かに挑戦したかった。東京の結果を待っていたら就職先が無くなって、協会からのオファーはあったがそれを引き受けると何年かはJの監督はできないので、お断りしたとも。
その他にも協会のカンファレンスやインテルでの長友やチャンピオンズ・リーグ決勝のエピソードなどをリラックスした雰囲気で話されます。
中国での指導者向けのセミナーでのエピソードは特に印象に残っています。最後にチームを作って試合を行いましたが、ロスタイム過ぎたくらいで明らかな誤審でPKを取られ引き分けに持ち込まれてしまいました。城福さんは試合後自分のチームを集め、審判のせいで負けたと言っていたら進歩はない。ペナルティ・エリアまで入れたのがいけないと話したそうです。その時は笑顔が消えて厳しい表情で話す城福さんを見ていると、変わらないなぁと思いました。
質疑応答の時間になり、次々難題が。一部をご紹介しましょう。
・不振にあえぐチームからオファーがあったら引き受けますか?
 好調のチームからはシーズン途中でのオファーは来ないでしょう(笑)。どこのチームにもリスクがあり、やりがいもある。
・小学生の8人制について
 良い点悪い点がある。ボールに触る機会が増えるのは良い点。サッカーは11人でやるものだから、そこのリアリティが無くなる点はある。しかし、プロになる選手は子どものころ前目のポジションをやっている。8人制は様々なハードルをクリアして実現した。今は8人制を支持する。
・監督をするならどこのチームが良い?誰の監督の下で働きたい?
 リバプールのホームの雰囲気は特別。あのホームでとは思う。
 監督としてはオシムさんの哲学にシンパシーを抱いている。名声やお金ではない、サッカーそのものに打ち込める環境を選んだ。
・バルサの快進撃の理由
 アスリートの能力だけならバルサは勝てない。強さ、高さなど足りないところを補う補強に誰でも傾く。それをしない。ストロングポイントを更に磨く方向を目指す。そこが凄いところ。

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第二部ではそれぞれのテーブルに移動して、直接さまざまな質問に答えていただきました。、
中には昨シーズンの第何節のあの交代はどうだったのか・・・というような質問もあったのですが、丁寧にお答えいただきました。
各テーブルそれぞれに話が弾んで、名残惜しい中閉会となりました。
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戦利品。震災復興支援城福Tシャツサイン入り、UEFAチャンピオンズリーグ・ファイナルバッジ、メディアのみに配られるチャンピオンズリーグ・ファイナルのポロシャツ。

メルマガを自分が思ったよりたくさんの人たちに読んでもらえて、反応もあって非常に励まされたとおっしゃっていました。
元々メルマガは現場復帰するまでの期間限定のもの。そう長くは続かないと思っていますが、そろそろ次も見えてきたのかなと感じられた貴重なひと時でした。

知っている人がいるかなと思ったのですが、受付を手伝っていたライターのBさんだけ。
でも帰り際に声をかけてくださった美人コンビが!こちらの方でした。
お会いできて良かったです。これからもどうぞよろしく。
いやー東京ファンには美人が多いな~
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by inadafctokyo | 2011-06-12 08:40 | サッカー

城福さんのメルマガ

後藤さんのTokyoWasshoiとともに愛読しているのが、城福さんのメルマガだ。
これは城福さんを少しでも知っている人なら実になんというか懐かしいとでも言いたいような語り口で、ああ、城福さんらしいなと思いながら読んでいる。

海外サッカーネタが多いので、そういう時は飛ばし読みに(失礼)なりがちだが、時には私の目も惹きつける内容がある。

例えばマンUとマンCの違い。
かつてないほど戦力が拮抗している両者だが、ダービーではマンCの完敗だった。
二つのチームの違いはどこにあるのか、それは王様の違いだと城福さんは指摘する。
マンチェスター・ユナイテッドの王様はサーの称号を持つファーガスン監督、シティの方はテべス。
監督が全てを掌握するUと選手が王様のC、その結束力やあらゆる面での集中力が差となって現れた。

そしてそのUが歯が立たなかったチャンピオンズリーグ決勝。
現地解説を担当した城福さんが前日練習の様子を報告してくれたが、バルサはコーチが声をかけるまで、ヨーロッパ系、ブラジル系、アフリカ系、アルゼンチンとグループに分かれて練習を行っており混じり合うことはなかった。ところが、コーチが笛を吹くと全員一体となって練習に取り組んだ。誰かが良いプレイをすると全員で拍手、鳥かごで20回パスが繋がると全員で拍手・・・。
こんな光景から城福さんは「自由と規律」について考えるのだった。

明快に理路整然とした語り口の城福さんだが、チャンピオンズ・リーグでは思いのほか口数が少なかった。魅入ってしまったのだろうね。
そして、何か違うと思ったら、いつも小平や味スタで過ごした頃と違って喉が荒れていなかった。
だから、城福さんの声を聞き逃すことがあった・・。

今週の土曜日は城福さんとのパス交換会に出席する。
勿論本当にボールのやり取りをするわけではなく、(私はそんなこと出来ない)メルマガ読者とのこじんまりした交流会に応募して当選したのだ。

以前、イタリアでインテル戦を観戦しに行った時のプレゼントにも当選して、長友の番号が入ったリストバンドがわが家にある。
くじ運は滅法悪い私なのに、城福さんとは相性がいいのかもしれない?

当日はたくさん楽しんで、またtwitterやブログで報告できればと思う。
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by inadafctokyo | 2011-06-08 16:46 | サッカー

成績や内容がいまいちなので・・・

ガス抜きのためのマスコットなのかしらかしら?(笑)
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私は調布の田んぼの活動日だったのでキックオフ後に到着。旦那の撮った写真はマスコットだらけ
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これだれ?w
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試合後のツイッタ―の呟きもマスコットだらけw
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他に見どころは?
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嬉しさも中位なりってところ。
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これくらいあった緩衝帯が
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これくらいまで縮小されて、お客さんはたくさん入ったし、天気は午前中ほど暑くなく風が気持ちよく吹いて、肝心なものが足りない・・・。

ちょっと中途半端な印象でした。どっちつかずみたいな。
交代はどうだったんでしょうね。
セザーは随分守備で動けるようになったので、あと少し意識してチャンスに絡んでくればいいと思うんですけどね。
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by inadafctokyo | 2011-06-06 11:36 | FC東京

Kバレエカンパニー「ロミオとジュリエット」

6月2日Bunkamuraオーチャードホール

熊川哲也を初めて知ったのは1989年、日本人初の金賞を受賞したローザンヌ国際バレエコンクールでだった。そのとき17歳、それ以来伸び伸びした跳躍、切れの良い回転を活かした表情豊かな踊りに魅了され、ずっと注目してきた。
いうなればバレエにおける梶山陽平のようなもの。(この件に関するバレエ界からの苦情は一切受け付けない)
今のところ高校生の頃から秀でた能力を見せ、注目していたところが同じだというだけで、うちの10番の方はまだこれからだ。
サッカー選手も足の故障は付き物だが、熊川哲也も2007年右膝前十字靭帯断裂、2008年右膝半月版損傷という大怪我を乗り越え、今回はコンディションが非常に良いと聞き、頑張ってチケットを手に入れた。

熊川哲也のロミオ、ロベルタ・マルケスのジュリエット。
育ちが良くて友情に厚いロミオ、清純ではつらつとしてかわいいジュリエット、この二人が出会ってあっという間に恋に落ち、結ばれるが行き違いから悲劇に至る。誰もが知る物語を冗長な部分は廃して、テンポ良く展開する。
舞踏会の場面も重厚な音楽に沿った厳かな振り付けが一般的だが、30代以上のダンサーが充実しているロイヤルと違って、若いダンサーが主体のKバレエでは若さを活かした振り付けとなった。
階段を多用したヨランダ・ソナベンドの舞台美術とあいまって、広場の場面も含めてスピーディーで小気味良い印象の舞台だ。
プロコフィエフの音楽は人物の感情や情景を非常によく表し、美しい。
幕開けのマンドリンの奏でるメロディ、ジュリエットのテーマ、舞踏会の重々しい調べ、そして美しいパ・ド・ドゥ!
バルコニーのパ・ド・ドゥでの弾けるような恋の喜び、寝室のパ・ド・ドゥでは激しい感情と悲しみを二人は見事なパートナーシップで表現した。
舞台を締めくくる墓所の場面の悲痛な踊りはそれまでのきらめくような生を表徴する数々の踊りがあったことによって更に印象深いものになる。

主な配役はマキューシオ:橋本直樹、ティボルト:遅沢佑介、バンヴォーリオ:伊坂文月、ロザライン:松岡梨絵、パリス:宮尾俊太郎!、キャピュレット卿:スチュアート・キャシディ、キャピュレット夫人:松根花子、乳母:前田真由子、僧ロレンス:ブレンデン・ブラトーリック、僧ジョン:小山憲
中世ヨーロッパの貴族社会というような設定は昔なら日本人のダンサーでは様にならない、カリカチュアのように感じられたこともあったが、それは遠い昔のこと。それぞれがその人物をよく生きて、娘たち、友人たちの群舞も溌剌として、現代人にも違和感のない14世紀イタリアの悲恋物語を再現した。

観客の大きな拍手によってカーテンは幾度も上げられた。
いつでも素晴らしい舞台は生きていく糧になるものだ。
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by inadafctokyo | 2011-06-05 09:18

ブラックスワン?なんじゃこりゃ

U-22日本代表が3-1でオーストラリアに快勝し、フル代表がペルー相手にスコアレスドローに終わった夜、有楽町で映画「ブラックスワン」を観ていました。
予約した時は代表戦の事はすっかり忘れていましたね。はい。
そして、今日は渋谷でKバレエカンパニーの「ロミオとジュリエット」を観てきました。

今日は大満足、昨日はいま一つと言ったところですね。
「ブラックスワン」よく考えれば観た人たちの反応は微妙なものが多かったですね。
ナタリー・ポートマンのオスカーに騙されたなぁ。
頭の中は???な状態で映画は終ってしまいました。監督はこの収拾がつかなくなった映画を本当はどうするつもりだったのでしょう。
母親との葛藤から自由になれない、性的にも解放されない女性を扱ったオカルトならバレエでなくても良かったのに。
バレエ、そして白鳥の湖の主役を射止めた若く美しい女性という設定でなくてはこれ程客は呼べなかったでしょうから、商売的には成功したわけです。
しかし、映画として成功しているかは全く別の話し。
ポートマンの演技も臆病な部分はややステレオタイプに思えます。何年か後に観ると笑えるかもしれません。
バレリーナになり切ったという点では合格だったと思います。大変な努力をしたのでしょう。殆どスタントなしと言う事はある程度本職の人が踊ったという事でしょうし、カメラワークでかなり助けられている印象です。だからと言って価値が無いわけではありません。この映画にポートマンが居なければなんの取り柄もないでしょう。

しかしバレエを愛する人間にとってはフラストレーションが溜まる映画です。ちゃんとバレエを描いてくれるのかと思うと、妙な展開になる繰り返しで、道で監督にあったら足払いでも喰らわせようかと思うくらいです。

今日の素晴らしい舞台については明日にでも。
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by inadafctokyo | 2011-06-03 00:05 | 映画