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日本中どこに行っても暑いのだ@神戸

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土曜日の夜にしてはちょっと寂しい1万4千円人弱
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天気さえ良ければ気持ち良いスタジアムです。この日はJリーグの他にも午前中から試合が行われ、外にはたくさんの屋台が出ていました。
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本日のボールボーイくん。♪女よりも~仕事よりも~トーキョー♪という歌を聞いて吹き出していました。なんなら後ろ振り向いて、馬鹿な奴らの顔見たってください。
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(やっぱり神戸プリン買っていこうかな~)と考える?大きい子。
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両サポーターを慰める夏の風物詩
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本格的な残留争いに参戦したことを知ったファンはとりあえず拍手で迎えるのであった。
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by inadafctokyo | 2010-08-30 14:01 | FC東京

グルメはパスした神戸の夜

神戸に行ってきました。
お土産は勝ち点1・・・。
なんとも盛り上がりにかけて夜は三宮のどこにでもある居酒屋でお疲れさん会をしただけでした。

衛生BSで中継されたこの試合は、誰にでもどうぞ見てくださいと言えるような内容では無かったのでずが、失点をしないことをチームとしては優先していて、それができた事を評価するべきでしょう。

もどかしい状況はまだ続くでしょう。

とにかく今期は残留、そしてここ何年も勝てていないレッズに勝てれば私としてはOKということにしました。シーズン当初に比べるとささやかな望みと言わざるを得ません。このようなことも決して淡々と思っている訳ではありません。
この散々な経験を無駄にしないで欲しいと強く願います。

長友は最高のデビューを飾ったと評されています。
迷いなくピッチで躍動する彼を見ていたら眩しすぎて・・・。

今のチームの状況にどうして、なぜ、と何度も問いかけても答えは出ません。解決策もすぐには見つからない。
監督も選手もファン、サポーターも苦しんで次に行くしかないのでしょう。
この先には必ず笑顔で称えあえる時がくるから。

実家ではiPadを使用しているのですが、まだ慣れません。
ブログへの写真のアップロードの仕方がPCとは違うんです。
神戸の写真は明日にでも。
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by inadafctokyo | 2010-08-29 22:40 | FC東京

夏休み

もう夏休みも終わりです。

こどものいるご家庭では長い夏休みが終わることにほっとしている向きも多いことでしょう。
宿題は無事に片付いたのだろうか?

こどもが学校に通っている間は、夏休みをしのぐのが親にとっては毎年のハードルです。
給食が無いとなるとお昼はどうする。
やるべきことはきちんとチェックしないと。
あそこに連れて行けとかここに行けとか・・・。
少し大きくなると出歩くのも心配です。

わたしがこどもの頃は両親とも忙しく、食事は不自由しなかったものの、どこかに連れていってもらうことなど望むべくも無く、体が弱かったために田舎の親戚の家に預けられていたことはあるのですが、そこで楽しかった記憶があるわけでもありません。
夏の思い出と言って、心に残っている情景はあるにはあるのですが、それは大事にしたいことであっても楽しいことかと言えば決してそうではなく・・。
例えば青い田んぼがどこまでも続く中を迷子になりそうになりながら、鷺を追っていったことや家とは違う習慣や食べ物への戸惑いなど。要するに私らしい季節が子どものころにもあったということです。

自分が親になってみるとやはり私は仕事をしていて、なかなかのんびり長い夏休みをこどもと楽しめるような親ではありませんでした。

そこで、せめてもこどもと一緒に夏休みに「これをした」というものを残したいと思って、学校の自由研究の課題はきちんとやることにしました。
簡単に終わるようなことではなく、できるだけ時間がかかってこども一人では出来ないようなことを課題に選んでみました。

例えば、夏に近所で見られる野鳥の観察をする。
ある夏は家のある町の花の咲く植物を調べる。

毎朝、出勤前にこどもと散歩に行き、鳥あるいは花を観察し、写真を撮り、絵を描き、名前や鳴き声やその他いろいろを調べる。親はもちろん付き添い、一緒に考えてアドヴァイスするだけですが、知らないことを知る楽しさ、こどもの成長に付き合う喜びは何物にも代え難い経験です。

小学校入学前に引っ越してきて小学校、中学校時代を過ごした町をこどもが懐かしいと思うのは、そうした経験も少しは役に立っているのかもしれません。

遠くへ行かなくても、お金をかけなくても生涯心に残る思い出は親が作ってあげることはできるはずと思います。

こどもが生きる力を蓄えていくために。
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by inadafctokyo | 2010-08-28 00:50 | お茶のみ話

仲間がいるじゃない

娘からメールが来たの。私が落ち込んでると思ったのかもしれない。東京の状況も心配しているだろう。
あの子が小学生の頃は東京が負けて落ち込むと、よく「かぁちゃん、暗いオーラが出ているよ。」と言われたの。そんな風にいつも励ましてくれたんだ。今は離れているけれど、やっぱり何かにつけて励ましてくれる。

メールに書かれていたのは、ケツメイシの「仲間」という歌の一部だった。


ただ前を向いて 走り続けた
お前の名前を叫び続けるよりも
前も見えなくなった時のお前の側で
共に笑ってあげるよ

楽しい時だけが仲間じゃないだろ オレ達は
共に悔しがり 共に励まし合い 生きてゆく笑顔の日々を

悲しい時だけに泣くんじゃないだろ オレ達は
共に立ち上がり 共に喜び合い 支え合う涙の日々よ

別に怒ってなんかないよ
ただお前のあきらめた姿がキライなだけ
下を向いてないで次はガンバレよ
結果より気持ちだろ オレらに必要なのは



楽しい時だけが仲間じゃないよね!

ま、今は結果も必要です。
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by inadafctokyo | 2010-08-24 22:57 | FC東京

これから面白くなるから

前述の村野四郎の詩はまだ早すぎたようです。
今回に引用するべきだったか。

終了の笛が鳴ったとたんに席を立ちました。
ブーイングと怒号渦巻く場に身を置きたくはないので。

選手を傷つける執拗なブーイングやヤジは何にもならないと思っています。
僅かばかりのお金と時間を費やしたからといって、何を言っても何をしてもいいというわけではないでしょう。
そういう態度は自分自身だって、気持ちが悪いと思いますがね。

思い通りにならないからって、選手にぶつけるのはまだまだ修行が足らないです。
そんなのではこどもは育てられません。
こどもは何一つ思い通りにはならないですからね!
でも何より、大事な存在です。

それにしても、毎試合内容が悪くなっていくように見えますが。
疲れなのか、プレッシャーなのか、ボールを動かすことが精一杯で、人間が効果的に動けているかというと残念ながら、広島の方が全てに良かったですね。

相手に読まれるパス、仕掛けばかりではしようがないねー。
もっとやりたいことやろうよ。

話によるとまだあと7試合負けられるっていうじゃありませんか。
残留ラインが勝ち点40としてね。

勇気をもって戦ってください。
大丈夫ですよ。

サッカーって面白いんですから。
むっくん、大丈夫だから。
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by inadafctokyo | 2010-08-22 20:10 | FC東京

鮟鱇になったような気がした試合

セレッソ戦の4点目が入った辺りに閃いたものがあった。
村野四郎の詩に何か今の気持ちにフィットする一篇があったような気がした。
今朝になって中央線の車中で、それはよくある遅れを知らせるアナウンスを聞きながら、鮮やかな映像とともに浮かび上がってきた。
 

顎を むざんに引っかけられ
逆さに吊りさげられた
うすい膜の中の
くったりした死
これは いかなるもののなれの果だ


「さんたんたる鮟鱇」と名付けられたこの詩には “へんな運命が私をみつめている リルケ” という副題が付いている。

全文はこちらで

吊り下げられた鮟鱇には幾つもの手が伸び、切り刻まれ、鮟鱇自体の実在は希薄になっていく。

最終節京都戦でどのような運命がわたしたちを見つめるのか。
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by inadafctokyo | 2010-08-19 15:32 | FC東京

鹿島戦 1-1 

鹿島はもう飽きたなー何もかもってことで、今回はリブリ観戦でした。

でもこういう試合は現地のほうがいいですねー。

テレビ観戦だと細かいところに目がいって気になります。

内容が良くても勝ち点が取れない、下から数えたほうが早い順位には誰しも納得がいきませんし、これでいいのかという疑問も芽生えてしまいます。なんとしても今節は勝ちたい試合で、アウェイ鹿島。
相手にとって不足なし!と言いたいところですが、梶山が負傷、そして羽生も・・。

前半0-0であればとの願いも空しく、鹿島にセットプレイから先制されてしまう。攻めても攻めても点が取れない。いやいやこれはひょっとして恐怖の負けパターン、3連敗か、特に後半のミスの多さにはため息ばかりだったところ、最後に今ちゃんがやってくれました。

パスミス、シュートミスはピッチ状態の悪さが影響していたようですが、あれだけミスが出たら引き分けで御の字という気持ちと、それでも勝てていたのではないかと欲張る気持ちと半々です。

後半ばったり足の止まった鹿島にはもっといやらしく狙って欲しい気もしましたがね。

梶山、羽生が出場できない中での鹿島相手に決して消極的にならずに勝ち点1は前向きにとらえるべきでしょうね。

いろいろあって、神戸戦まではアウェイはリブリで見ることになるでしょう。
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by inadafctokyo | 2010-08-15 16:10 | FC東京

佐渡へ その2

かつてトキが飛来し生息していた里山を辿るトレッキング。後半はキセン城から清水平へ。
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再生された炭焼き小屋。かつて炭は重要な燃料であり、炭を焼くために適度に木を伐採することによって山は健全さを保っていたのです。木が好き放題に生い茂ると、風通しも日照も悪くなってしまいます。
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炭焼きを生業としていたおじいさんに頼んで、炭焼き小屋と釜を作りました。おじいさんは山にあるもので全て作ってしまう人でした。小屋も釜も。そのために必要な道具類も。今のわたしたちにそのような技術も知恵もありません。
小屋は何度か雪や風雨で壊れてしまったので、このような近代的な?様相を呈しています。
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炭焼き小屋を後にしばらくせっせと登ると、ご褒美のように清水平と池が見えてきます。
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池から再生された棚田へ水を引くための取水口です。この近くで大きな鯉を見ました。とても運が良いそうです。運が悪いとマムシに出会います。
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池をぐるっとまわって清水平へ向かいます。このあたりの棚田も再生されてビオトープになっています。
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清水平の監視カメラです。15分に1回、周囲をぐるっと撮影します。太陽光パネルで発電して送信しています。わたしたちの姿も送信されていました。トキじゃなくてごめんなさい。
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清水平には最初の保護センターがありました。休耕田を再生してトキの餌場を作り、村からドジョウを運んでいました。手探りの飼育は失敗も多く、繁殖はうまく行きませんでした。今、トキは年々増えて200羽を超えました。昭和初期よりもその数は増えています。携わったお一人お一人のご苦労が偲ばれます。
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トキは湿地帯があれば良いというものでもありません。鶴や鷺などと違って足の短いトキやコウノトリは水深が浅く、生き物が豊富な餌場が必要です。だから田んぼなのです。田んぼの中にもトキのために畦を作る試みも。
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ボランティアグループ「トキどき応援団」が主に利用する小屋。
清水平は余計な音がまったくしない場所です。風の音、木々や葉のざわめき、鳥の声。ただ黙って立っていると清清しい気持ちになります。
放鳥したトキはまだここに来ません。一度だけ最初に放鳥したときにパニックになったトキが来たことがあるきりだそうです。たくさんのグループ、小中学生、企業のボランティアが棚田の再生、ビオトープ作りに尽力しています。いいところだからおいでよ。トキに呼びかけてみました。でもトキが来たら立ち入り禁止になってしまうのでしょう。
小屋から15分ほど歩いて車が入れるところまで出ました。
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車で町に戻り、トキの放鳥場所へ。最初の放鳥時は無理をして飛び立たせたためか巣作りがうまく行きませんでした。
2回目は放っておいて飛び立たせたら、5日もかかったけれどカップリングや巣作りはうまく行ったのです。
生き物は難しいですね。

かつてどこにでもいた日本のトキが滅びる寸前になるまで、わたしたちは生活を変えることはしませんでした。本当はそうなってもまだ変わっていない人は多いと言わなくてはならないでしょう。
鳥より人、虫より人、野生動物より人。本当にそうでしょうか。
よく言われることですが、わたしたちも生かされている。そのことを忘れたくありません。
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by inadafctokyo | 2010-08-11 00:41

京都の木屋町あたりで敗戦を知り叫ぶ

昨日は京都でした。

藤舎名生主催「ふえ 夏の會」@宮川町歌舞連場

名生お師匠さんのお弟子さんの会ですので、花街のおねえさん方だけでなく一般のお弟子さんも出演します。
ですが、祇園甲部・東、宮川町、先斗町、上七軒の5つの花街の芸舞妓さんたちは艶やかですし、脇を固める三味線、太鼓、鼓、長唄も歌舞伎の舞台を務めるような方々ばかりですので、まだ稽古歴の浅いお弟子さんであっても聞きごたえのある内容になっています。

昨年、日に焼けた少年らしい容貌のN君は目を見張るほどの出来で、今年も楽しみにしていました。
期待に違わず才気のある演奏で、少し大人っぽくなった外観ともあいまって観客皆を酔わせたのです。

わが娘も成長を感じさせて、先が楽しみです。

mixiの方には写真や動画をあげようと思っていますが、いつになるやら。

お昼は舞妓さんも良く通う木屋町のカルドで和風パスタを。村上重本店のすぐそばにあるこの店は小さいけれど、地元の良さでいつもゆっくりと美味しい食事ができます。

夜は四条の仏光寺通りにある「閻魔堂」の中庭が臨める席を予約しました。
閻魔堂は大人の居酒屋。京町屋を利用した落ち着いて料理とお酒を楽しめる店です。
京菜や万願寺とうがらし、茄子などの京野菜のおばんざいもカリカリのピザもという老若男女に嬉しいとりどりのメニューです。

美味しいものをたっぷり食べて、積もる話に花が咲いて、店を出て娘と歩いて戻る途中、木屋町辺りでメールをチェックして悲鳴を上げました。なんてこった!

花火が上がって、浴衣姿の娘たちが眩しい味スタで、よりによってツリオにロスタイムに決められてしまうとは。

そして振り返りたくないのに振り返ってみたら・・・なんと、リーグ戦のホームゲーム、勝ったのは開幕戦だけではないか!!

あーあ、楽しきあれば憂きこともあり。
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by inadafctokyo | 2010-08-09 13:36

Hiroshima, mon amour

アラン・レネ監督、マルグリット・デュラス脚本

アラン・レネ監督の1959年の作品。
反戦映画のロケのために広島を訪れたフランス人女優と日本人男性が情事に溺れるたった一日を描く。二人には戦争によって負った深い傷があった・・・・。
アラン・レネにはこれ以外にも「夜と霧」「戦争は終わった」「ベトナムから遠く離れて」など戦争を取り上げた優れた作品がある。本作でもレネは“外国人に原爆を理解することは可能か”を映像化して問いたかったと言われている。

男と女の情事の背景に原爆によって引き起こされた無残な情景が延々と映し出される。恋愛映画として観に行った人も、反戦映画として捉えていた人も双方が若干の居心地の悪さを味わっていたような気がするが、何しろ初見がかなり、とっても、大変昔のことなので、(言っておくが初公開時ではない)記憶に綻びがあることは考えられるし、同じ監督の「去年マリエンバードで」の印象も被ってしまっているかもしれないから、ここで色々述べることは、まあ、参考程度に留めてほしい。

原爆で家族を失った男は「君には広島はわからない」と言い、戦争中に独軍の兵士を愛して、戦後糾弾された女はフランス語でつづれ織りのように自らの記憶を複雑な模様として織り出していく。
わかりにくい映画と言われているが、フランス人の映画監督と湿り気のある恋愛を描いて得意なフランス人女性作家が原爆と広島を理解しようとした貴重な作品というだけでも見る価値はある。

傷を負った記憶は誰によって理解され、癒されるのか、それは生者に可能なことだろうか。被爆者の命が尽きる前に私たちには出来ることがある。

男(岡田英次)と女(エマニュアル・リヴァ)が美しく、モノクロ画面の光の印象の深さとともに若い私の心の中には恋愛の絶望感と退廃感が色濃く残された。
‘50年代の広島の街の様子を見ることのできる貴重な映像とともに迷路のようなこの映画に浸ってみて欲しい。
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by inadafctokyo | 2010-08-06 15:49 | 映画