わたしたちと監督

大熊監督が退任するときはもうそういう時期なんだろうなと納得していた。
監督交代だけではなく、前年には新しいスタジアムが出来、練習場も芝があるのかないのかわからないような深川から、きれいな芝のピッチが2面ある小平に移った。クラブハウスの中には監督室もちゃんとある。つまり、もうプロの監督に来てもらっても大丈夫。わたしはそのことに感慨を抱いた。熊さんは身内だから条件が整わない中でも安心して任せられる監督だった。
安心、それはサポーターからしても安心だったのではないか。そう無茶はしない筈。選手起用にしても試合中の交代にしても。
観客が少ないから熊さんの大声の指示は良く聞こえるし、ゴール裏からは選手交代を告げるコールが監督の実際の合図より早め早めに出るし。
“気心知れた感“が安心感を生む。しかし世間的には監督がナニ考えてるか、狙ってるかなんてなかなか知れないのではないだろうか。

緑川崎のファンだった頃(懺悔:ファンクラブ入ってました)、こんなに監督自体が好きなんてことはあり得なかった。面白味がなかったり、怖そうだったり、第一言葉が通じないしね。
東京は変わってる。熊が愛されていることはすぐにわかった。身内感がすごい。今はそういう要素は薄まりつつあるが、99年00年のころときたら、村社会そのものっていう匂いがして、よそものの私はスタンドの隅で小さくなっていた。
そういう都会でありながらローカルな雰囲気が新鮮に思え、ちょっとずつしきたりを覚え、言葉を覚え、仲間に入れてもらったと思う。

大熊さんから原さんに変わるとき、だからもうそんな身内意識は監督に対して持つことはないのではないかという思いはあった。ところが最初のインタビュー記事を読むとこれまでの東京というチームの歴史に対する理解、東京のサポーターに対する配慮が行き届いた内容でほっとした。それからのことはみなさんもよくご存知。東京のサポーター気質と原さんの人柄がこれほど合うとは誰も予測していなかったのではないだろうか。フロントはそこまで読んだだろうか。
大熊監督7?8?年(わたしはそのうち3年)、原監督4年、わたしたちは監督との関係においてはずっと安心して過ごすことができた。それは得がたい体験で幸福だったと思う。でも次に進むときがきた。
もうそろそろ次のステップに進むために交代する、その判断は正しいと思う。もちろんそう言っても失敗はあるかもしれない。どんなに慎重に選考しても結局はやってみなくちゃわからない。でも大丈夫、やることは同じサッカーだもの。たまに間抜けなことをしでかすけれど、うちのフロントが選んだ監督ならきっと大丈夫(と言っておこう)。ダメだったらブーイングでも白いハンカチでもなんでもやろう。
もしかしたら監督との関係は緊迫したものになるかもしれないが、それもいい経験。わたしたちはまだまだ発展途上なのだから。
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by inadafctokyo | 2005-12-13 13:43 | FC東京


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