我慢について考えた試合

試合前に昨年も訪れた熊澤酒造のトラットリア「MOKICHI]へ。
昨年の様子はこちら
料理やビールはもちろん古い蔵を利用した店内や庭の素晴らしさにぜひまた訪れたいと思っていました。昨年は夏で今回は秋ですが、木々の瑞々しさは変わらず、心身ともに寛いで食事を楽しみました。
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地場のものを生かした魚介や肉や野菜。どれも素材にしっかりとした主張があって、調理はそれを引き立てるもの。来年は試合のついでにというわけには行かないのが残念ですが、機会を作って出かけたいと思う店です。

ビールもワインもソーセージもピザも美味しく頂いて、競技場に行くことを忘れそうになる瞬間を乗り越え、この食事より素晴らしい展開が待っていると信じて平塚競技場へ向かいました。

競技場を取り巻くフードコートも充実して、もうお腹がいっぱいなのは残念でした。
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牛の乳しぼり体験をしていました。
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かわいい子牛。

雨も結局時折パラつく程度でした。ピッチ上は涼しくて良かったでしょう。
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困難に見舞われた時こそのサポーター。梶山、高橋、今野、その上当日になって徳永までもが欠場という事態に、応援のし甲斐があると思ったのは私だけではないでしょう。
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青と赤って美しい。(反論は受け付けない)
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先制点!
クマが言っていたように、使わないと良さが出ないから、決める力はあるからと途中出場で使い続けたセザーが2得点。本人もクマも嬉しい結果です。
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2点目のアシストをした北斗を押しつぶす仲間たちの大きな喜び。この日のヤザーと北斗の諦めなさは凄かった。他の選手に与える影響も大きかったですね。
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クマさんはがまん強い人です。ですから、セザーがボールを失う、追わない、そのことで文句を言うよりも良さを引き出してやれ、足りないところは他の人間が補ってやれと思っていたのですね。
選手の力を信じて声援を送る、私たちにも問われていることです。

こんなプレゼントがあるのですから。

我慢というのはそもそもは高慢や奢りなどと同義の言葉です。それがいつの間にか耐え忍ぶこと、忍耐することなどに変化を遂げた理由には諸説ありますが、本来の意味からすると我慢にはまず我をコントロールすることからということになりましょうか。
無闇に角を矯めてしまっては、良さも消える。角は必要な時だけ、身内に向かわないように、時に報われれば思いきり発散することで、また前向きにもなれる。

試合が終了したのは夜と言うにはまだ早い6時。しかし周囲は柔らかい雨にぬれた暗さに包まれ、一斉に人々はバスへと向かいます。
余韻を楽しみながら家路につきました。
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by inadafctokyo | 2011-11-07 15:27 | FC東京


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