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この世界の片隅に

8月15日が終戦の日となった理由はあるわけですが、多くの人が休みに入っているこの時期だということにやはり意味はあるように思います。

こうの史代さんの「この世界の片隅に」を読みました。
浦野すずという昭和の激動をそのまま経験したような女性の半生を描く物語です。
少し粗忽なところがあるが気立ての良いすずは広島の海苔漁師の長女として生まれ育ち、両親や兄妹、親戚、近隣の人々の中で穏やかに成長していきました。
不思議な縁で呉の北條周作のもとへ嫁ぎ、夫とその家族-父、足の悪い母、気の強い姉とその娘、そして隣組の人たちに囲まれながら、変わらずに少し粗忽だけれど、よく働き従順とも言えるあの当時の女性を体現しているかのようです。
嫁ぎ先の家族を義理の・・と言います。それは日本の女性の生き方に大きく影響してきた考え方でもあります。とはいえ、すずは嫁ぎ先の家族ともうまく折り合っていきます。

やがて戦況は逼迫し軍港のある呉は度々空襲を受け、すずの実家のある広島には原爆が落とされます。
どんなことがあっても被害は軽微であるとしか発表しない大本営、「流言や不安のたねになるようなことは例え見たとしても言わんこと」という注意事項など、戦時下の日本が今は近く感じられます。

小さいエピソードの積み重ねの中で流れに逆らわずに生きてきたようだったすずが、さまざまなことに気づき、そして周作とすずは夫婦としての絆を強くしていきます。
遊郭の女りんとも不思議な縁を結び、心を通わせます。すずは小さな縁を見過ごしにできない人です。

呉に大きな空襲があった日に、義理の姉の幼い娘、晴美とともに絵の得意だったすずの右手は失われてしまいます。
実家の父も母も兄も淡い初恋の相手も失い、終戦を迎えたすずは「うちはこんなん納得できん」と言います。
「暴力で従えとったという事か、じゃけえ、暴力に屈するいう事かね。それがこの国の正体かね」そう言ってすずは泣きます。
正義が飛び去った国で、その後も家族を家を守るために必死で生きたに違いないすずさんは今の日本を見てなんと言うでしょう。

広島で孤児となった幼女を呉へ連れ帰ったすずと周作を家族も呆れながら、あたたかく迎えます。
誰かのために手を差し伸べることで私たちは前へ進めるし、目の前の一人を救うことでしか世界は癒せない、そんなことを考えた結末でした。

決して中心ではなく片隅で、普通にまっとうに生きていくこと、いつどんな時代でも。
大した力を持たない私たちにできる大きなことです。
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by inadafctokyo | 2011-08-16 10:35 |


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