ゆらぐ大地

明日が確実にあるものだと、何の根拠もなく信じて来たのだと思い知らされた。
余震に怯え眠れない二夜、最大の願いは明日を無事に迎えることだった。



11日の午後起こった大きな地震は、広範囲に日本の町や村を破壊し尽くして行った。

神田の事務所は古いビルでちょっとした地震でも敏感に察知できるレベルだ。
地震が起きたのは電話中で少しの間話を続けたが、次第に揺れが大きくなり、相手も動揺し出し「また後で」と言って電話を切った。
無闇に外へ出るのは危険とは知っていても瓦礫の下敷きになるよりは外だと判断して同僚と外へ出る。
同じ様に考えた会社員たちで通りはいっぱいだ。
一体何分続いたのか、これまで経験した中では最も大きな地震であることは間違いなく、大きく揺れる足元、じりじり動く駐車中の車、斜めになる電柱、ひび割れが走る壁などを見ながら、東京中がどうなっているのかと不安でいっぱいだった。何かが落ち、壊れる音が響く。

一旦事務所に戻って福島沖が震源地と知る。その規模は想像出来ないほど大きい。神田周辺の人は近くの元小学校の一時避難場所に集合している。
果敢にも仕事を続けているスタッフに別れを告げて、徒歩で実家に向かうことを決める。暗くならないうちに帰りたいし、とにかく母が心配だ。

靖国通りは既に歩いて帰宅することを決断した人たちがたくさん歩いている。途中のコンビニはまだ行列という程ではない。何度か飲み物や食べるもの、トイレでコンビニに入った。コンビニは有難い。

カフェはどこでも長時間歩き続けて休息を取る人たちで一杯になっている。普段と変わらない風景に見えることが不思議だ。

九段下まで辿り着くと緊急車両が九段会館を取り巻いているのが見えた。

その辺りから歩行者が増えてペースが落ちる。通常では考えられない量の人間が一つの方向を目指していて「帰宅難民」という言葉を実感する。

携帯は通じない。既に公衆電話には長蛇の列。メールは送信できるのに私には何処からも来ない。これは新着メール問い合わせをしないといけなかったということを後から知った。

新宿に近づけば近づくほど人が増える。お年寄りやお子さん連れの姿も。連絡の取れない母や妹が心配で、人に声を掛ける余裕がない。

新宿から甲州街道へ。新宿はどこもかしこも休日の渋谷駅前のようで抜けるのが大変だった。辻辻に警官の姿があり、道を聞く人が群がっていた。
道は車でぎっしり、バスも乗れるだけの人を乗せているが目的地までどれだけかかるのだろう。

山手通りを渡り、初台駅前の公園に入ると変わらない日常の風景に安堵する。とは言っても駅前には普段見かけない所在なさげな人の姿が多かったのは、甲州街道をここまで来て、バスに乗ろうとする人たちだったのか。

3時間かかって到着した。普段なら2時間もあれば十分だろうが、人の多さでそれだけ時間がかかった。
実家についてまず店舗に異常ないか確認をする。
私の実家の貸し店舗はケーキ屋さんだが、特に被害は無いと聞いて安心した。

母も妹も無事だった。母は落ち着いて居たが、食器類が割れて片付けが大変だったようで、妹が居なかったら途方に暮れていただろう。

千代田区位の揺れがどこにでもあったのかと思い込んでいたが、そうではなく、調布市では更に小さく、神楽坂から徒歩で帰宅したダンナを迎えた猫たちは普段と一切変わらず、腹減った〜ごはん、ごはん〜とやかましかったと言う。

着々と入ってくる地震被害の大きさを知り、余震に神経質になり眠れないでいると、先が信じられなくなる。
それに加えて福島原発の危機が伝えられる。

母のために花の苗を鉢に移し替える時も、明日の朝の味噌汁の支度をする時も、こんな事をしても無駄になるかもしれないと思ってしまう。
会社に行くのが鬱陶しい。

昨日は服を着たまま、母の側で横になったが、一度緊急地震速報で起きただけで久しぶりにぐっすり眠れた。
それだけで大分精神的には楽になれた。

ちゃんと食べて寝て、やるべきことをいつもと同じ様にしっかりしよう。

こんな時でも、ケーキ屋さんはケーキを作ろう。美しくて甘いケーキにきっとほっとする人もいる。
町のパン屋さんにパンを買いに行ったら、原材料が一部入って来ないために種類は少なかったが、昨日はちゃんと帰宅できましたか?と声を掛けてくれた。そういう心遣いがありがたい。

たくさんの被災された皆さんに心を痛めて、焦燥感に苛まれるよりも、自分と家族の暮らしをしっかり守ること。特にお年寄りとお子さんがいる家は大人だけとは違う配慮が必要だ。

東北で甚大な被害があり、私たちの生活にも必ず今後影響がある。
冷静に寛容に対処したい。

人間は災害の前にはひとたまりも無い。明日をも知れぬ身だということは事実だろう。
だからこそ強く賢く優しくなれることもあるのではないか。

飛田給の自宅でただ1冊だけ本棚から落ちたのは「ゆがむ世界 ゆらぐ地球」だった。

今後、どのように暮らし、生きるか、誰もが考える事になる。


今回の大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方にお見舞い申し上げます。
一刻も早く平穏な毎日が戻ることを願います。
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by inadafctokyo | 2011-03-13 11:50


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