幸野志有人くんで思い出したこと

JFAアカデミーから16歳の幸野志有人くんが加入というニュースを聞いて、外国のチームみたいだなと思った。育成ではなくプロ契約とは言っても、高校年代の選手を加入させることについては大きな責任があると思う。

1993年5月4日生まれの16歳。うちの子も1993年の生まれだ。しかも10月。
アメリカW杯アジア地区最終予選の真っ最中。入院中も小さなラジオを耳に当てて声に出さずに声援を送り続けた。
退院して何日か経った28日、それは永遠に忘れることのできない日。もう99%出場を信じていたロスタイムにイラクの同点ゴールが決まってしまった。旦那は階下で悲鳴を上げ、わたしは娘を抱いて泣いた。
それが1993年。あの頃、代表に対する思いは熱いものがあった。

娘を産んだ産院の同じ部屋には相前後してこの世に生まれてきた赤ん坊が3人いて、中に「しゅうと」という名前の男の子がいた。お父さんがサッカーが好きでということだった。28日、しゅうと君のお父さんもきっと唇を噛みしめて泣いたことだろう。
あの年に生まれて、「しゅうと」という名前でサッカーをやらない筈がない。
あのしゅうと君は今どうしているだろう。どんな場でもいい、サッカーを続けているだろうか。

追記:でもおとうさんはたしかアントラーズのファンだったような。
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by inadafctokyo | 2010-03-16 16:48 | FC東京


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