宇宙よりも地球よりも・・・

忘れたくないものを忘れようとしているのか
放してはいけないものを手放したのか・・・

ものわかりのいいのも考えものかもしれない、と思ったのはCHONOさんのブログを見て。
大人げない気持ちを抑えている間に気がついたら周りに誰もいなくなっているのかもしれない。

もちろん何があってもスタジアムに通い続ける層は確実にいる。
わたしの周囲もそういう人でいっぱい?だ。
いつもの席の周りにも、LIVREに行っても。

でもこんなところで引き合いに出していいのかどうか、ヴェルディにだって2,3千はいるわけで。
普段顔を合わせるには多すぎるくらいの人数で、入りきれないほどの数の人間がスタジアムに詰めかけていたJリーグ開幕年をピークに徐々に減って行って、決定的に数を減らしたのはカズを切った翌年1999年から。
年俸の高い選手を切るに至ったのは、読売新聞社とよみうりランドが経営から撤退したため。
日本テレビの全額出資となったが、降格しそうになると助っ人を高額で取り、その場しのぎの手を打つ政策が響いて結局弱体化は免れなかった。2004年に天皇杯は取ったものの以後はかつての輝きを取り戻せず現在に至っている。
クラブに対して夢や希望や共感を持てなくなったときに、人は静かに別れを告げる。
ブーイングをしたり、罵倒したり、過激な弾幕を掲げたりしても、盟約を結んでしまった人間は悲しいことに離れられない。
しかし、スタジアムを埋める多くの人は幻滅したり、がっかりしたりするために足を運ぶわけではない。

「タイトルを」というmanifestoは何かどれでもいいからという意味だったろうか?
わたしはそうは捕えていなかった。
「リーグで優勝を争えるチームになるんだ」ということと理解した。
ナビスコは取りたい。取らないよりはいい。でも・・・。
残りのシーズンを戦う時に、カボレを手放したのはどうだったのか。
絶対説得は無理だったのか。
シーズンが終わってからでは移籍金なしで移籍されてしまう。
そういう事情があったのではないかと慮って、無理やり棒を飲み込むように納得するように努力した。

ジョーさんはどうしても移籍しなければならなかったのか。
こんなに手薄なのに。

以前のわたしなら駄々をこねたに違いないのに、物わかりがよくなってしまって失うものがあるのかもしれない。

存続の危機に陥っている歴史あるクラブに愛憎さまざまな感情を抱くのは勝手だけれど、対岸の火事にできるほど余裕があるのか?

最近のこの違和感はなんと説明したらいいのだろうと思っていたら、CHONOさんが指摘した。
熱の無さ。
赤嶺がいなかったら、磐田戦は冷えたお好み焼きのように、大好きなのに持て余すものになってしまっただろう。

名古屋戦はそれからいくとモニに期待したい。

わけわからないエントリでまったく申し訳ございません。

失ったものを振り返っても仕方無いことは現場が一番わかっている。
監督も選手も何も諦めていないに違いない。
できることはその大切な選手や監督を精一杯支えるだけなのだ。
そして希望を具現化する下部組織を。
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by inadafctokyo | 2009-09-28 18:04 | FC東京


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