マニュエル・ルグリ「エトワール最後の60日」@NHK教育

厳しい階級社会*であるパリ・オペラ座バレエ団で最高位のエトワールを23年間務めたダンサー、マニュエル・ルグリの引退公演までの60日を追ったドキュメンタリー。

4歳からバレエを始めたルグリは12歳でオペラ座のバレエ学校に入学し、16歳でバレエ団に入団すると昇進という階段を駆け上ることになる。21歳という若さでしかも階級を飛び越して、当時芸術監督だったルドルフ・ヌレエフによってエトワールに任命される。
エトワールであるということは、どういうことなのか。

「常に崖っぷちに立たされていると感じる。観客はより上を、完璧を求め、他のダンサーの手本にもならなければならない。」

自分に厳しいルグリのレッスン風景や舞台が紹介される。当たり前のことだが、基礎を疎かにしない。彼のテクニックを支えるものが理解できる。
引退公演2ヶ月前の舞台は「ル・パルク」のパドドゥ。パトリック・ド・バナ振付け。18世紀の宮廷での恋愛を描いているモダンの作品だが、大変デリケートな男女の心理が表現されているのはルグリの芸術性にも寄るところが大きいと思われる。
相手役を務めたオーレリー・デュポンは舞台後感極まって泣き出す。もうすぐ彼女のバレエ人生で最良のパートナーを失ってしまう思いに駆られたのか。

余談:オーレリー・デュポンの10代の頃、オペラ座バレエスクール時代のビデオが家にある。煌く才能を感じさせるものだが、その後体つきも顔立ちも美しいが逞しさが増した。
私の好みとしてはこの後に登場するクレールマリ・オスタの繊細さが好きだ。断っておくがオーレリーが繊細さを表現できないわけでは決してない。

ルグリが若いダンサーを指導する場面も登場する。
バレエ・コンサートでドニゼッティ・パドドゥを踊るコリフェの二人の練習を見るルグリ。
指示が的確であることがわたしでも分かる。難しいことは言っていないと思うが、高いレベルを要求している。

3月、オペラ座にルグリ引退公演の垂れ幕が下がる。
演目は「オネーギン」。言うまでもなくプーシキンの「エフゲニー・オネーギン」を元に、クランコが振付けた作品。ルグリがオネーギンを演じ、相手役のタチアーナはクレールマリ・オスタ。

このドキュメンタリの中では「眠りの森の美女」「ル・パルク」「オネーギン」と紹介されるが、ルグリの良さはやはりパドドゥに発揮されると思う。彼の特徴は優れた音楽性とエレガンス、そしてパートナーとの完璧なコンビネーション、サポートの素晴らしさにある。
彼はこう言っている。
「パートナーと感動を分かち合えた時、最大の喜びがある」
「音楽と振付があれば言葉はいらない」
「音楽性のないダンサーと組むことは考えられない」


「オネーギン」には非常に難しい高速回転を伴うリフトが続く、相手役への信頼がなければできない。そして擦れ違う男女の心理を表現する演技力も要求される内容なので、ルグリの引退公演には相応しいといえよう。

5月15日 引退公演当日。
オネーギンとともにルグリが望んだ特別な演目「デフィレ」。
バレエ学校の生徒から始まり、階級の順にエトワールまでオペラ座に所属する全てのダンサーが、ベルリオーズの曲に合わせて次々に優雅に行進する。日本公演で私も観ることができたが、幕開けから徐々に徐々に興奮が高まって、なんとも言えない幸福感に包まれる作品。
少年のルグリがオペラ座の舞台に始めて登場したのがデフィレ。そのとき最初に行進したルグリがやがてエトワールとなって、最後に喝采を浴びながら登場する。

ルグリの登場をうっとりと眺める少女のバレリーナたち。鳴り止まない拍手、カーテンコール。

舞台に先立ち、バレエ学校の生徒たちから贈り物を渡される。学校時代の写真と成績表。
喜びに顔を紅潮させながら、高まる感情をコントロールしようとするルグリ。
学校時代の成績は決して良くなかった。
「悪い評価がたくさんついています。自分の記憶と違っていますね。踊ることが大好きで成績は関係なかった。」

オペラ座最後の舞台には、パートナーであったモニク・ルディエール、エリザベット・プラテルなどの名バレリーナたちも顔を見せ、花束と抱擁で祝福した。
20分ものカーテンコールを終えて、みなに挨拶をするルグリ。

みんなが大好きです。今は悲しくありません。人生は続きます。

44歳定年のためオペラ座のエトワールとしては去るが、この後もダンサーとしての活動は続け、ウィーン国立歌劇場バレエ団の芸術監督も務めることが決まっている。

同じ時代に生きて彼の舞台を堪能することができたことは幸福だった、と間違いなく言えるダンサーの1人である。

*パリオペラ座バレエ学校には容姿、才能いずれも優れた生徒のみが入学を許されるが、その学校からは年に2名程度しかバレエ団への昇格はない。
バレエ団の階級はカドリーユ→コリフェ→スジェ→プルミエール→エトワールと階段を登る。
誰もが上に登れるわけではなく、プルミエールまで到達するのはごく一部のものだけで、エトワールは更に少ない。


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長年パートナーを務めたモニク・ルディエールと
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熱狂する観客
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舞台袖で出を待つ、緊張の表情
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by inadafctokyo | 2009-09-21 12:02


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